vol.20 自分史上最高のモテ期と景色
その広大な原っぱにはファミリーや若者達が数組いた。
若者達が僕に気づいて近づいてくる。
国籍は?と聞かれ、日本だと答えたところから、
有名人ばりのちやほやが始まる。
「写真を撮ってくれ」だの、
「名前は?」だの「歳は?」だの、
質問攻めである。
答えるたびにみんなで「Wow!」と言って盛り上がっている。
僕の年齢のどこに感嘆できるのか?
何枚も、
何台も、
写真を撮られた挙句に、
並んだ彼らが順番に名前を紹介してくれる。
覚えきれずに3人くらい同じ名前で呼び返すと爆笑している。
彼らは隣の州の高校生らしく、
バイクでピクニックに来たそうだ。
日本人を見るのは初めてらしい。
そんなに珍しいのか、
二人の女の子が腕を組んでくるわ、
ツーショットを撮りたいと言ってくるわ、
興味深々だ。
自分史上初のモテ期である。
最後には「私って背が高い?」という
興味のクセがすごい質問を受けながしつつ、
おじいちゃんの後をついて先へ進む。
こんなただの原っぱが、
わざわざ外国人観光客を連れてくる場所には思えない。
しかし、危険な匂いはしなくなった。
100mくらい進んだところで、
僕はこれまでの人生で一番というほど大きく大きく息を飲み込んだ。
高さ300mはあろうかという絶壁。
その絶壁が半径400mほどの扇状になっている。
きっといつの時代にか、
この土地は地殻変動によって隆起したのだと思う。
その絶壁の扇の中心に僕は立っているのだ。
崖の下のはるか向こうにはさっきみた巨大な滝が小さく見てている。
いつの間にか、
死ぬかもしれないという感覚は、
犯罪に対するものから、
大自然への畏怖に対するものへと変わっていた。
もちろん一歩進めば崖から真っ逆さまに落ちるという恐怖もある。
しかし、それだけではない何かとてつもなく大きく、
厳格なものの手中に居るよう感覚だ。
ちっぽけなひとりの人間など簡単に握りつぶしてしまえる、
そんな抗いようもない力の中にいる。
何の確証もないが、
ここへ来た日本人観光客はいない。
居たとしても数人だろう。
ネットにも何の情報もない。
ここは僕の想像していたBastarではない。
しかし、僕はこの場所に来ることになっていたと直感的に思った。
なぜなら、この旅、いやこの人生で一番胸が詰まって苦しい。
思考づくめの僕を本能が軽々とねじ伏せている。
「有難い」。
何を考えようとしても、この言葉しか出てこない。
15分か30分か、
ただただ、
その絶壁に座って景色というより
その場所が放っている波動のようなものを
全身全霊で感じ浸った。
その間、おじいちゃんは僕から20mほど離れた木陰で、
催促もせずに座っていた。